トルツメの蜃気楼

トルツメの蜃気楼」@ザ・ポケット 6/23 マチネ公演 観劇

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27歳、昔は人前に立つようなお仕事(比喩表現)に憧れ、現在は業務で校正“的”なお仕事をしているリアルな人間が観てきました。  

※あくまで私の仕事は「校正的」なお仕事なので、このブログを読んでも誤脱字してるかもしれないし、「ここの言葉遣いおかしくないですか???」っていうのもあるかもしれないので悪しからず(盛大な予防線)。

以下、さらっとネタバレありです。

 

 

 

あらすじ

「負けてからはじまることだってある」

何者にもなれない私たちの、終わらないための物語。

 

小さな編集プロダクションに勤務する横井ユリ、27歳。

日々、人の書いた文章の誤りを見つける【校閲】を続けている。

 

ある日、いきなり会社の上司から「アイドルにならない?」と誘われる。

個性豊かなメンバーとともに、アイドルフェスへの出演を目指すことに……。

 

ユリは、かつての同級生・アヤに想いを馳せる。

「一緒に来てくれないから、一緒に夢を叶えることにした」

上京してアイドルになった彼女。夢に敗れていなくなった彼女。

微笑みを向けるアヤの幻影は、今日も消えることはない。

 

心が折れても人生は続く。負けてからはじまることだってある。

これは何者にもなれない私たちの、終わらないための物語――。

 

※公式サイトより引用

 

「りさ子のガチ恋♡俳優沼」でくれはさんの作品に触れ、他の作品も観てみたいと思って今回劇場に足を運んだんですが、

なんでくれはさんの作品ってどの人物の気持ちも痛いほど分かっちゃうんでしょうね。

誰もが「正論」を言っているから、どの人の言い分も分かるし、どの人にも感情移入出来るから観ながら心がぐちゃぐちゃになる(笑)

 

演劇って「楽しかった~」とか「(笑えるという意味で)面白かった~」とか、正の感情だけを持って帰るものではなくて、時には「悲しかった」「つらかった」とか負の感情を持って帰ることもあると思うんですよ。

くれはさんの作品を観た後は必ず自分の中で生まれた感情と向き合うことになるし、なんか娯楽として演劇を楽しむだけじゃなくて好き(もちろん娯楽として楽しめる作品が嫌いって意味ではない)。

今回はそんな私がこの作品から「持ち帰ってきた気持ち」とかをつらつら綴っていきます。

 

感想

私、これまで女性だけの舞台ってあまり観に行く機会がなかったんですけど、すごく良かった。みんなパワフル!
しっかり1人ひとりのキャラが立っていて見応えがあったし、同じ女性としてすごく憧れた。みんなかっこいい!
特に芸能プロダクションのプロデューサー役をされていた工藤亜耶さんのお芝居がリアルすぎて観ている私が萎縮してしまった(笑)

 

この作品はある種、「アイドル業界の現実」みたいな部分を描いているのですが、これって別にアイドルに限った話ではなく役者とか歌手とか、とりわけ芸能に携わる人には刺さる作品じゃないかなって思います。
芸能じゃなくても良い、広く言うと「夢を追いかけている人」。

主人公 ユリの同級生・アヤはかつてアイドルを目指して上京したのですが、追い詰められて「負ける」のではなく「逃げる」選択を取りました。この出来事がユリの人生に大きく影響するわけですが、「負ける」「逃げる」の違いってすごく大事なんですよね。

劇中のセリフでも
逃げるとね、何もかもが全部終わっちゃう。でもね、負けただけなら終わらないんだ。
ってくだりがあるんですけど、一生懸命頑張っていることが成就しなかった時、ちゃんと心が折れるって大事なことだと思うんです。

心が折れるって本当にしんどいんですけど、そこから立ち上がってまた一歩を踏み出すための大切な過程なんですよね。
ちゃんと折れないといつまでもずるずる引きずって引き際が分からなくなって、後戻り出来ないところまで行ってしまうことがあるので。

 

ちなみに劇中でアヤを富山に閉じ込めている(ように見える)存在として立山連峰の話も出てきますが、東京生まれ東京育ちの自分は初めて立山連峰を目にした時、めちゃくちゃ感動しました。

逆に私はビル群の方が閉塞感があって嫌いです。

これもやっぱり育った環境の違いかな?

舞台セットもビルにも高く連なる立山連峰にも、学校の窓にも、無数に存在する校閲対象にも、色々な風に捉えることが出来るもので、観る人の目に委ねられる舞台美術が素敵でした。

あとラスト、「これって誤植ですよね?」「赤字入れます。」の流れ。
席が後方だと何て書いてあるか読めないと思うんですけど「トルツメ」って赤入れしてるんですよ。これ最高。本当に最高。
たとえ赤入れしている文字が見えなくても「誤植」と言っている時点でトルツメするって分かるじゃないですか。あの演出が憎い(笑)
※後日くれはさんのTwitterでこの単語がトルツメされてたのを知ってさらに「くっそおおお!!そういうところ!!!」ってなった。

 

校閲(校正)のお仕事のあれそれ

劇中で「表記がゆれてるんです!!」って聞いた時に、「あ~私がいつも言ってるやつぅ~!」と思いました。

表記ゆれってあまり気にしないけど、気にするようになるとひたすら気になる(笑)

 

校閲・校正のお仕事って本当に地味なんですよ。
ひたすら読んで赤入れして、読んで赤入れして…。
でも正確な情報を伝えたり、正しい日本語で伝えるためには必要不可欠なお仕事だし、その表現が本当にOKなのかって色々気になるようになるし、奥深いお仕事だなって思います。
だって普段の生活の中で文脈を考えた上で、「ロープウェイでのぼる」の「のぼる」が「登る」なのか「昇る」なのか、はたまた「上る」なのかってあまり深く考えないでしょ?笑

 

 

確かに劇中で言われているとおり「クリエイティブなお仕事」ではありません。
(読みやすい文章を編み出すという意味ではある種クリエイティブかなとも思いますが…。)

私は元々クリエイティブが好きなタイプなので、このお仕事を続けられるのなんでかなってよく考えるんですけど、文章読むのが苦じゃない、しいていうなら「文章」を書くことが好きなだけ、というところに行き着きました。
ぶっちゃけ本読むのはそんなに好きじゃないです(笑)

だから別に好きじゃなくても適していれば仕事は出来るんですね。

職業選択の自由がある中で、各々が仕事を手にして生活をしています。
自分の“好き”を仕事にする人もいれば、そうじゃない人だってたくさんいます。
でも最終的には「その仕事に自分が適しているか」なのかなとも思ったりするのでした。

でも校正の仕事なんかはいつかAIとかに取って代わるのかなぁ…。

 

隙あらば自分語り

実は私は小学生の頃から声優に憧れていました。声優から派生して舞台役者にも興味を持っていました。
そんなことを思いつつも諸々の事情でその道には進まず、普通に大学で就活して、でも夢を諦めきれず養成所の体験レッスンに行ったりもしたんです。

声優というお仕事は基本的に「どんな年齢でも出来る」と言われます。
確かにチャレンジは出来るし、実際頑張っている人もいます。夢を叶えた人もいます。

でも最近の業界を見ていると昔よりもビジュアルの露出が多いし、特に女性は若いうちが華と言わんばかりのように見える。男性は30過ぎてから売れる人がいるから女性とはまたちょっと違うかもしれないけど。

そんな時、「20をとうに越えた自分がそこにチャレンジしてどうにかなるのか」って思ったんです。
理想と現実に挟まれて自分の心の持って行きどころがなくて苦労した。

憧れの人たちは画面の前でキラキラしている。
それに強く惹かれたし、特に声優というお仕事は声のお芝居であるがゆえに「何にでもなれる」部分がかっこいいと思っていた。

でも、自分にそのキラキラが出せるのか、あるのかって考えた時に急に画面の向こうがものすごく遠く感じたんですね。

 

そんな感じで努力する前に見切りをつけた自分はそもそもスタートラインにさえ立っていなかったんだと今になっては思うのですが、

「何者かになろうとして、何者にもなれない」葛藤って、きっと誰にでも1回は経験があることだと思うんです。

 

でも私は自分が描く夢に見切りをつけて会社員として働いていること、今では後悔していません(たまーに演劇のワークショップとか出てるけど)

というより後悔しないような人生を歩もうとしている最中です。

自分が思い描くとおりにならなかった時にどんな選択をし、そして前を向いて歩けるかが大事。

せめて夢を描いていた自分に恥じぬように生きたいという、自分なりの意地なのかもしれませんけど。

 

自己表現の時代に生きる私たち

今の時代、SNSを通した自己表現が拡がりを見せる中で、「インフルエンサー」みたいな、一般人だけど有名人って人が増えてると思うんですよね。

歌が上手い、おしゃれ、面白い…その人のスキルとかパーソナリティが武器になる時代。

そういうのがとても多く目に入るから「自分ももしかしたら…」と思う人もいるかもしれないし「それに比べて自分なんて…」と思う人もいるかもしれない。

劇中に登場するアルバイトの大学生 川原はいわゆる「インフルエンサー」なんですが、夢を追いかけて頑張るアイドルのアリスやあいりんたちとの対比として存在してるのかなって思いました。

特別な存在じゃないのに特別みたいな。

何かになろうとしてるわけではないのに、注目を集める存在になってるとか。

夢追い人がいる中で特に「有名になりたいんだ!」って思わなくても有名になっちゃう人もいるし、中途半端に有名になっちゃって生きづらい人もいるかもしれない。

手軽に自己表現や情報発信が出来る時代だからこそ、間口が広がる一方でちょっと生きづらい時代でもあるのかもしれないなって思うのでした。

 

大変な世界だからこそ推しを大切にしたい

今回はアイドルの世界のお話だったわけですが、芸能界って多分アイドルじゃなくても似たり寄ったりな部分があると思うんですよね。

キラキラしてる裏では血がにじむほどの努力や悔し涙を流していることも少なくないと思っています。

自分が憧れていた世界で今必死に頑張っている、厳しい世界で頑張っている推しを私はもっと大切にしたいなって、この作品を通して思うことが出来ました。

そこに居続けてくれることへの感謝と、少しでもファンとして背中を押せる言葉があるなら、ちゃんと伝え続けていきたいなって。

絶望の淵に立たされることがないように。

 

  

 

あと、今回の舞台。
携帯の電源を切ることに対する説明が非常に丁寧でとても気持ちよく観ることが出来ました。実際にあのアナウンスがあったから切ったって人もいたしね。

本当に静かな作品でバイブ音しただけで作品の世界から断絶されそうだったので、上演中1回もそういうことがなく、舞台上と客席が一体となった空間で集中して観れたことが良かった!

もっとキャパの大きい会場(劇場)になると難しいかもしれないけど、ぜひ他の作品でも取り入れていってほしいな~。

 

最後に私がアイドルアニメとして一番推してる「少年ハリウッド」のこの曲を貼っておきます。


♪永遠never ever/初代少年ハリウッド【少年ハリウッド24話エンディング】

 

興味があったらこっちの記事もよろしくお願いしま~す

hitoiro.hatenablog.com