虚無舞台あれそれ

【虚無(きょむ)】

何も存せず、むなしいこと。空虚。
「―感」。特に、価値のある本質的なものがないこと。
または、万物の根元としての無。

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右下が気になる(笑)

 

観劇オタクの間でよく聞く「虚無」というワード。
なにをもってして「虚無」なのか?

今回はそんな話題をぼやっとした内容で書いていきます。

※あくまで独り言です

 

 

 

 

確かに色々観ていれば「面白い/面白くない」「好き/嫌い」が出てくるし、共感は出来ないけれど理解は出来るというものもあると思うんですよ!

でも、好みではない=虚無 ではないと思うんだよね。すごく感覚的な話なんだけど。

 

そもそも、どういった作品に「虚無」を感じるのか?

  • そもそも役者の芝居が下手(歌唱含む)
  • 低クオリティなビジュアル(ウィッグ、衣装、メイク)
  • 脚本(ストーリー)が支離滅裂、浅い、意味が分からない
  • (原作付きの場合)解釈違い
  • 理解出来ない、矛盾が多い演出
  • なんか分からないけど色々やばい(運営とか)
  • 作品自体は悪くないが客層がやばい

 

大きく分けてこんな感じ?

人によっては 「推し目当てで行ったけど出演時間がほとんどなかった」みたいなのも含まれてくるのかな。

 

そもそも「自分に合う/合わない」「共感出来る/出来ない」はそれぞれに違うので一概には言えないけれど、大体上記のうち複数個当てはまるものが「虚無」になりやすいのではいかと思うんですよ。

共感は出来ないけど理解出来るものに対しては多分あまり虚無を感じないし(まぁ共感出来ない作品だと満足度が落ちるのも確かだけど)、「not for meだな」と思ったものも作品との相性的な話なので「他の人は好きだろうけど自分の好みではなかった」という点ではまだ虚無じゃないと思う。
そして「not for me」でもキャストなり全体の完成度として高ければ「虚無」には成りづらいのでないかな。

 

多分、書いて字のごとく、虚無からは何も生まれない。
(いや、言いたいことは山程生まれるという意味では実は「虚無」でないのかもしれない)

そも、解釈違いは置いておいて箇条書きにしたものが複数も当てはまる作品ってお金を取っていいレベルなのだろうか(反語)。

 

個人的には「物語の世界に没頭できない」ものに対して虚無を感じる。ダイジェストみたいな感じで感情の山場がなかったりね。あと「言いたいことは分かるけど、結局何が言いたいの?」とか。

それと、総じて「チケット代に見合わない(クオリティが低い)」と感じてしまったものとか。

どうしても演劇をやってた側として観てしまうことが多々なので、元々「純粋に作品として楽しむ」っていうのが難しいタイプなんだけど、満足するかどうかってその作品に対して「どれだけ心を動かされたのか」「のめり込めたのか」が1つポイントになっている気がする。

すごく満足して帰ってきた作品って、もちろん登場人物たちの感情を読み取ったり世界観について色々考察したりして頭を働かせながら観ることはあれど、ノイズがないからその世界にどっぷり浸っているがゆえの頭の働かせ方なんだよね。

でも箇条書きしたような要素が少しでもあると作品の世界にのめり込めなくて、イチイチ心のなかでツッコミ入れちゃう。

「え?今それいる??」とか、「え?それありなの??」とか。
 

共感出来るか、理解出来るか、面白いと思うかの物差しは人それぞれなので、みんなが虚無だと言っても自分はそうじゃないってことはもちろんたくさんある。

私自身、過去に「虚無だった」と周りが言っていた作品もそれなりに楽しめたってこともあったし!!!

これはその人自身の好みや理解力や知識量、人生経験、感性といった様々な要因によって感想が変わってくるので本当になんとも言い難い。これ言ったら身も蓋もないんだけど極論、好みは千差万別だから。

でも観た半分以上の人が何かしらマイナスの感情を持ってしまった作品に対しては、興行する側もちょっと考える必要があるのでは?って思うんです。全員とは言わずとも多くのお客様が納得(満足)いく作品を作ってほしいので。

 

よく観劇趣味は「博打」って言われるじゃないですか。
だってそれなりに高いお金を払って、決まった時間に決まった場所に行って、長時間飲み食いなしで拘束されるわりに、幕が上がらないとどんな作品なのかも分からないものが大半なので。
これについては制作側のPRとかでカバー出来るところもあるのでは?とも思う。

それでも我々は「その場でしか体験することが出来ない特別なもの」を感じに劇場に観に行くわけです。

 

これだけ2.5次元舞台が流行って出演する役者にファンがつけば、そのファンも色んな舞台を観に行くことになるわけで、単純にイケメンたちがキラキラしていれば良いなんて、観客側は思わないんですわ。

「推し」きっかけで観に行っているのは確かだけど、推しが見られればそれで良いっていうのはもう半ば作品に対して諦めているからであって、本来であれば作品ごと楽しみたいわけですよ。あれ?私だけかな?笑
中身のないもの見せられたらそりゃ「え?舐めてんの?」ってなるよね。

そして公演が始まっても席が埋まらないのは「PR不足」または「作品としての評価」として制作側に受け取ってほしい*1
通えないオタクですまんが自分が面白いと思えない作品に対してリピチケ買うほど生活に余裕があるわけではないんだ!!こんなファンでごめんね!もちろん面白くて都合がつけばリピします!!
個人的な理想としては、前売り時点での券売はまずまずでも開幕後からリピチケや口コミで当日引き換えとかで捌けてほしいかな。それは「観てみたい」という気持ちの現われであり、作品として評価されてるってことだと思うので。
 

そんなことをつらつらと書きながら、幸いにも自分のストライクゾーンが広いせいか?「無理、観るのしんどい」ってなった作品って今のところ指折り数える程度*2なんだけど、一概に自分に合わなかったものを「虚無」と切り捨てることよりも、なぜそう感じたのか客観的に観てどういう作品なのかという視点を忘れずにいたいなとは思っている。

そして「どう思ったのか」というところをもとに「良かったところ」も「納得できなかったところ」も1つの感想として世に放っても良いんじゃないかなと。
そんなことを言いつつもビビリだからふせったーに逃げちゃう私。

 

推しの目に入るかもしれない状態でマイナスなものを放ちたくないという葛藤もある。
そもそも推しのせいで虚無になってんじゃない、脚本・演出*3が原因なんじゃない?ってこともある。
でも推しが本気で作品に向き合っているのであれば、観る側も本気で向き合っていきたい。

そう思ってしまうんだなぁ…。
もちろん推しの手紙には良かった部分しか書かないけど。

 

ちなみに私の場合、舞台作品で重視するのは脚本なので好みの脚本家の人の舞台はどんな前情報がなくても大体満足して帰って来る。圧倒的信頼度。

そしてそこにたどり着くためには虚無の舞台もそうでない舞台も「場数を踏む」ことがやっぱり必要なんだと思う。

そういう意味では虚無舞台は必要なのかもしれない(ぶっとんだ結論)。

 

そんな中身のない話でした。

 

余談なんだけど満足出来ない作品だった時、その要因がキャストにあるのか、脚本(演出)にあるのかって問題は難しいと思う。

どれだけ脚本が良くても表現するのは役者だから、役者がそれを上手く出来ていなかったら観客側はストレスになるし、どれだけキャストが熱演していても脚本がうーんってやつとか演出がうーんってやつは話が全然ストンと入ってこない。

やっぱり満足度の高い作品は総合的に見てレベルが高いものってことなのかなぁとぼんやり考える。

*1:もちろん演者の集客力問題もあるけど一旦置いておく

*2:多分「not for me」で処理している作品が多いせい

*3:いつも矢面に立たせていますがプロデューサーがダメな場合もある